「わに塚の桜」 里山の中、神々しいまでの姿で

三分咲きのわに塚の桜

三分咲きの「わに塚の桜」は恥じらう乙女のような姿で

格別にきわだった存在の一本桜

一本桜の美しさに触れたテレビ番組やその中の一言を耳にしたことはありましたが、実際に目にする機会はこれまでありませんでした。

しかし、この度、「わに塚の桜」が足を運びやすいところにあることを知り、行ってみることにしました。

「わに塚の桜」は、韮崎市内の田園地帯の中にこんもりと盛り上げられた塚に植えられた格別にきわだった存在感の一本桜です。

スイセンやムラサキダイコンとの共演

塚に植えられたスイセンやムラサキダイコンとの共演も

目にしたときには、その気高さの中に、すべての人を温かく包み込んで理想郷へと誘うような、たおやかさ、これ以上ないまでの完成された美しさと内に秘められたエネルギーを感じ、圧倒されて立ち尽くし、ただただ見入ってしまいました。

この桜を目にすることができて本当に良かった、と思わせてくれるだけの麗しさと生命力に満ちていました。

ほう~と感嘆する声と息づかいが、訪れたすべての人々から伝わってくるようでした。

この桜の姿にすべての人が触れることができれば、桜を愛でる心が芽生えれば、地上に争いはなくなるだろうに、と思わせるような、そんな神々しさを放っていました。

理想郷へと誘うようで

理想郷へと誘うようで

4月8日に初めて目にすることのできた四分咲き「わに塚の桜」を、七分咲き、満開と訪れずにはおれませんでした。

300年余り 武田の里を見守って

訪れる中で、この地は、戦国武将武田信玄公を育んだところで、それを十六代前までさかのぼった、清和天皇の流れをくんだ甲斐源氏が土着した「武田の里」であることを初めて知りました。

韮崎市ホームページを参照させていただきました

武田八幡宮二の鳥居

「わに塚の桜」にほど近い武田八幡宮二の鳥居は山梨県指定有形文化財に指定されている

二の鳥居脇のエドヒガン

二の鳥居脇のエドヒガン

古くからの言い伝えで、日本武尊の王子の武田王がこの地域を治めた後、埋葬された場所なので「王仁塚」と呼ぶようになったとも言われているそうです。

富士の国やまなし 観光ネットより

「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」の名言で知られた武田信玄公が民を大切にし、治水工事にも力を尽くしたという名残や史跡がこの武田の里に数多く点在しているようです。

八ヶ岳とのコラボレーションで魅了する七分咲きの姿

八ヶ岳とのコラボレーションで魅了する七分咲きの姿

またこの武田の里は、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士を育んだ地であったと知ったのですが、これも決して偶然ではないでしょう。

テレビなどで目にしたりしたことのある情報がしっかりとした記憶になっていなかったのですが、「百聞は一見にしかず」で、実際に足を運んでこの目で見て、土地の空気を吸い肌で感じてみることで、歴史の流れと大自然の息吹を体感できたことでした。

満開にはまた端正な姿になって

満開にはまた端正な姿になって

韮崎市の指定天然記念物のエドヒガンで、推定樹齢300年という、この貴重な「わに塚の桜」ーーそのまれに見る端麗さと息づかいがお伝えできれば幸いです。

機会があれば、ぜひ足を運んでみていただけたらと思います。

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