釈迦堂PAにて 桃に彩られた甲府盆地の絶景と縄文遺跡に触れて

釈迦堂遺跡博物館・縄文博物館は釈迦堂PAから専用通路で行くことができる

釈迦堂遺跡博物館・縄文博物館は釈迦堂PAから専用通路で行くことができる

過日、中央道上り車線の釈迦堂PAに立ち寄った際、下り車線の高台にあるのを目にした「縄文博物館」の建物。その前方は桃園のようでピンク色に彩られています。5日後の下り車線利用時、パーキングエリアに立ち寄ってみました。

全国有数の縄文遺跡群が桃源郷の下に

この博物館は「釈迦堂遺跡博物館」で、釈迦堂PAから専用道路の階段を上って入館・利用することができます。抜群の眺望の博物館で隣接の桃園は花盛り。せっかくの機会ですので、入ってみることにしました。

桃の花に彩られた釈迦堂博物館入り口

桃の花に彩られた釈迦堂博物館入り口

甲府盆地東部の京戸川扇状地の扇央地に位置する釈迦堂遺跡群は、中央自動車道開通工事により発見され、1980年2月から翌1981年11月まで2万人の動員で発掘調査が行われました。

入り口付近の釈迦堂博物館案内。全国でも有数の縄文遺跡博物館

入り口付近の釈迦堂博物館案内。全国でも有数の縄文遺跡博物館

調査の結果、旧石器時代、奈良時代、平安時代の住居や墓のほか、多量の土器や土偶、石器が発見。中でも1,116個体の土偶の数は青森県の三内丸山遺跡に次ぐ多さであることに加え、意図的な破壊が祭祀の痕跡をうかがわせる点で学術的にも貴重なものとなっているそうです。

すべての土偶は1988年に国の重要文化財に指定。釈迦堂遺跡博物館に保存・展示されています。

すべて重要文化財となっている土偶にはさまざまな表情が。許可を得て撮影しています

すべて重要文化財となっている土偶にはさまざまな表情が。許可を得て撮影しています

笛吹市・甲州市組合立のこの博物館は2階建てで、2階は常設展、1階は特別展として「狭東の土偶」展が開催されていました。

縄文土器の模様には、縄文人が考える神話的な世界が表現されていると言われている

縄文土器の模様には、縄文人が考える神話的な世界が表現されていると言われている

博物館でいただいた資料を読み、12,000年前〜3,000年前という縄文時代の長さを再認識。この先人たちの営みの上に現在の私たちの生活や文化があると思うと、感慨深いものがあります。木ノ実などが主食だったと考えられる縄文人が暮らした森が、今は桃園などになっているのです。

1階ホールは展望ロビーとなっていて、博物館から眺められる実に多くの山々の位置図や解説もあり、実物の山と照合もできます。盛りを過ぎていましたが、遠方にうっすらとピンクの霧がかかったような笛吹市一宮桃源郷も望めました。

展望ロビーから見る甲府盆地と甲斐の山々

展望ロビーから見る甲府盆地と甲斐の山々

展望ロビーからの眺め

展望ロビーからの眺め

釈迦堂博物館から見られる甲斐の山々を解説

釈迦堂博物館から見られる甲斐の山々を解説

博物館の周りには遊歩道があり、甲斐の山々と甲府盆地の絶景と季節の花々を楽しみながら散策。屋外施設にある複数の縄文住居跡では、先人たちの暮らしを思い描いてみられることでしょう。

釈迦堂博物館周辺を巡る遊歩道

釈迦堂博物館周辺を巡る遊歩道

釈迦堂博物館付属施設には住居跡もあります

釈迦堂博物館付属施設には住居跡もあります

博物館訪問後は、隣接した桃園の散策へ。さまざまな品種の桃の花が競うように咲き誇り、春風の中で周辺の菜花と共演。訪れる人々を楽しませてくれていました。特産品の小さな販売も行われていました。

隣接の桃園では桃と菜花と山々の共演も

隣接の桃園では桃と菜花と山々の共演も

さまざまな桃の花が競い合って咲く

さまざまな桃の花が競い合って咲く

わずかな時間でしたが、思いがけず、この大地に根ざした縄文の歴史と息吹きを肌で感じ、季節の桃の花の彩る甲府盆地の風景をこの目と心とカメラに納めることができ、満足でした。

追記

「しゃかどう」の名前の由来は、縄文時代の原始的な信仰「ミシャクジ」だとされているそうです。「シャク」が「シャカ」となり、「釈迦」という漢字が当てられたと考えられるということです。(恵美嘉樹著「全国一の宮徹底ガイド」PHPより)

 

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