【今日の写真】港区汐留駅前に広がる巨大複合都市・汐留シオサイトの風景

手前に2区 E街区 汐留メディアタワー・トッパン・フォームズ、後方に1区C街区 汐留タワーを望む、ゆりかもめ駅付近

手前に2区 E街区 汐留メディアタワー・トッパン・フォームズ、後方に1区C街区 汐留タワーを望む、ゆりかもめ駅付近

高層ビル群の背後に潜む江戸時代からの開発の長い歴史

東京都港区の都営地下鉄およびゆりかもめの汐留と、JR新橋駅中心に広がる汐留は、その地区に建設された巨大複合都市・汐留シオサイトのこと。

浜離宮恩賜公園は、この汐留シオサイトの高層ビル群が借景となり、不思議な景観美を創り出しています。

超高層ビルが立ち並び、ビジネス街を形成している汐留駅周辺。

歴史をひもといてみれば、その成り立ちが理解でき、親しみを覚えます。

汐留の高層ビル群が借景となり、江戸と現代が不思議な調和を成した浜離宮恩賜庭園

↓  右から順に、1区 A街区 電通本社ビル・2区 D北1街区 東京汐留ビルディング・2区 D北3街区 日本通運本社ビル・2区 3区 D南街区東京ツインパークス(分譲マンション)

汐留の高層ビル群が借景となり、江戸と現代が調和し不思議な景観美を形作る浜離宮。潮入の池の中島の御茶屋・対岸のスズメの御茶屋・復元した鷹の御茶屋が見える

汐留の高層ビル群が借景となり、江戸と現代が調和し不思議な景観美を形作る浜離宮。潮入の池の中島の御茶屋・対岸のスズメの御茶屋・復元した鷹の御茶屋が見える

江戸時代以前は海辺の湿地帯だったという汐留は、江戸時代に入り、徳川家康から家光に至るまで続いた「天下普請」により埋め立てが行われ、武家屋敷街となったそう。

明治時代になり鉄道が開設されると、この地に新橋駅が建設。

歴史は下り、大正3年に東京駅が完成すると、新橋駅は貨物専用駅に。

さらにその後、トラック輸送が増え、しばらく空き地となっていたものが、東京都の都市基盤整備と民間のプロジェクトによって都市の再開発が行われ、やがて今日の汐留シオサイトへと発展することになったということです。

六本木ヒルズやお台場と並んで、東京の新しい観光名所となった汐留シオサイト。

その一部汐留駅前の高層ビル街の風景をご紹介します。

新橋駅前のウィンズ汐留。新幹線と一緒に撮影

新橋駅前のウィンズ汐留。新幹線と一緒に撮影

中央が汐留タワー、右手が汐留シティーセンター

中央が汐留タワー、右手が汐留シティーセンター

ゆりかもめと汐留タワー

ゆりかもめと汐留タワー

日本テレビタワーの入り口にある、宮崎駿デザインのからくり時計「マイスタジオ・日テレ大時計」

日本テレビタワーの入り口にある、宮崎駿監督デザインのからくり時計「マイスタジオ・日テレ大時計」

住友不動産汐留浜離宮ビルなどを望む海方向の景観

住友不動産汐留浜離宮ビルなどを望む海方向の景観

参考 汐留シオサイト 地図

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(c)Hana画像素材 PIXTA –

 

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