2回のソフト断食を経て、潰瘍性大腸炎を克服

梅の花

一周忌を終えた2月、あちらこちらに紅白の梅の花もほころんで

通年で近親者2人が他界、気がつくと血便が

2019年2月と6月、2人の近親者を亡くしました。

ショックでした。悲しみにどん底に突き落とされました。

これまでも身近な人の不幸はありました。

しかし親族が1年で2人ということはありませんでした。

その都度、目の前の対応を懸命に行いました。

新緑

緑鮮やかな5月でしたが……

何とか対処はすることができました。

しかし、……5月下旬、便に血が混じりました。

何これ? 痔?

わからないうちに症状は次第に激しくなってきまし。

いろいろ調べて、潰瘍性大腸炎に違いないとわかったのは、1ヶ月以上たったころでしょうか?

免疫力の回復に賭ける

私は普段、特別なことがない限りは通常の病院を頼らないことにしています。

もともとそうだった訳ではありません。

これまで生きてきた過程でやむを得ず病院に助けてもらったことは少なからずありました。

しかし、その結果得た代償が、免疫力が非常に弱まってしまったという見過ごすことのできな結果であり事実でした。

春の花壇過去、いきなり癌の末期症状に陥ったときも、最初は生きた心地がしませんでしたが、人間の持つ自然治癒力を信じて、「自然の療法」を採用して取り組み、本来の免疫力を取り戻す方法を知り、病気を克服することができました。

癌だって克服できたのだし、難病の潰瘍性大腸炎も免疫力を取り戻せば克服できる、と信じていました。

しかし、その過程はそれほど容易なものではありませんでした。

心の状態は即体に影響する

それまでも食事には気をつける方でした。

食材選びにも気を配り、和食中心にしてきました。

食の常識として言われていることにも従ってきていました。

しかし、突然陥った不可解な症状。

戸惑わずにはおれませんでした。

一つ明らかなことは、どうしようもない悲しみが肉体に影響を及ぼしたのだという事実でした。

しかし、どう抗えようとも、どう対処しようと試みても、気持ちを整理したり楽しい気持ちになったりすることはできませんでした。

下血は続きました。ひどくもなりました。

食事療法や手当法を模索 行き着いたのは西式甲田療法

食事を改善することは、解決の糸口となるに違いない。

癌を克服したとき、一時採用したのは玄米菜食でした。

そこで玄米菜食をまたやってみました。

改善は見られましたが、解決にはつながりません。

ビワの葉温灸療法を休まずやりました。

楽にはなりましたが、解決につながるものではなく、下血は激しくなりました。

(これは改善に向けての好転反応だったことが、後でわかりました。解決への一助となる方法でした)

これならばと行き着いた方法――それは甲田光男ドクターの西式甲田療法でした。

最初に入手した書籍は、「マンガでわかる西式甲田療法」でした。

マンガなので読みやすい、わかりやすいということもありましたが、最も助けになったのは著書の漫画家の赤池キョウコさんへの甲田先生による処方箋でした。

具体的で大変な説得力がありました。

行間を読む感じで精読し、食事を改善してみました。

症状は少しずつ改善していきました。

朝食抜きの2食主義でかなり改善

甲田光雄先生・西式甲田療法を知ることができたことで、次に手にしたのは甲田先生が提唱する朝食抜きの二食主義に関わるものでした。

そこで、「奇跡が起こる半日断食」続いて「朝食を抜いたらこうなった」を入手して読みました。

それぞれ甲田先生の診療と臨床結果の子細がわかるように記載されていて、数多くの患者さんからの裏が取られたデータが余すとことなく掲載されていて、しかも甲田先生ご自身の著作であるため、最初に読んだ「マンガでわかる西式甲田療法」の何倍・何十倍もの信憑性がありました。疑う余地はありませんでした。

これに潰瘍性大腸炎の症例が加われば言うことはありません。

  

高フォドマップ食材にも反応で試行錯誤

こうして、朝食抜きの二食主義+「マンガでわかる西式甲田療法」の赤池キョウコさんへの甲田先生による処方箋をベースにした食事療法で、潰瘍性大腸炎を克服するための毎日が続きました。

しかしながら、これがベストと思われた方法ですが、なかなかすんなりとはいかないのです。

きわめていけばいくほどに、使用している本にある食材・野菜なのに、おなかを下す、下血する食材が出てくるのです。

たとえば、果物はもとより、タマネギ・ダイコン・梅干し・サツマイモ・ピーマン・アロエ・アシタバ、セロリ……と体に良いとされる野菜ばかりでなく、ありとあらゆる野菜や食材に反応・下血があるのです。

ダイコン

体に良いはずの食材にも激しく反応

これって何だろう?

調べてわかったのは、過敏性腸症候群の反応する高フォドマップ食にも反応が見られるという事実です。

そこでやむなく、高フォドマップの野菜も除き、「マンガでわかる西式甲田療法」の赤池キョウコさんへの甲田先生による処方箋に立ち返り、玄米(胚芽米)・木綿豆腐・反応の出ない葉物野菜による野菜ジュース・黒ごまペーストでの朝食抜きの二食主義を続けているうちに、宿便や主として腹部に湿疹がたくさん出て、症状はさらに改善していきました。

一時的に塩分も除去

そんな課程の中でもさらに不可解な症状がありました。

背中の右肩甲骨の下に現れては消えるかなり強めの痛みがあるのです。

偶然、それは塩分によるものだと気づき、すべての塩分をやめての食事にしました。

痛みと下血はさらに和らぎました。

こうして年末近くになるのですが、なかなか治るというところには至らないのです。

どれほど気をつけても、ほんのわずかな食べ過ぎなどで下血が起こるのです。

症状が安定してきたところでついに断食療法を採用

そこで、甲田先生の著書について調べ、断食の本も出しておられることを知り、古い本で絶版の著書も多いものを入手して読みました。

甲田先生が存命時に診療に当たられ、数知れない難病の患者を救われた臨床記録の子細を知ることができる、はかりきれないほどの価値のあるご著書です。

古くても完全に現代に通用する貴重な情報源となる書籍です。

そうした書籍が廃版となって久しく、ほとんど生かされることなく埋もれているのです。

これほどもったいないことはありません。

どこでも断食は危険だから素人判断で長期の完全断食を自宅で行わないようにと書かれています。

甲田先生の書著でも、ポイントが書かれていました。

しかし、完全断食ではなくソフトな断食で日数を限定して行うことで、改善は見られることを知り、先生が言われる、下血がなくなったタイミングでソフトな断食を実行という時期がどうしてもつかめないながら、症状もかなり安定していること、それ以上の改善がなかなか見込めないこと、ご著書の内容の説得力により、ソフト断食に踏み切ることに決めました。

西式体操・療法も採用し、欠かさず実践しました。

  

2度のソフト断食でさらに明確な好転反応が

年末からまず準備食からその後1週間のソフト断食、その後1週間の回復食を実行しました。

ソフト断食の種類の中で、特に推奨されているのは、すまし汁断食ですが、私の場合は、用いられる醤油・昆布・椎茸・黒砂糖のすべてに反応・下血があるので、採用できませんでした。

その代わりに採用したのはおもゆ断食でした。

朝は柿の葉茶、昼と夜は反応の出ない葉物野菜をしぼった青汁におもゆをいただきます。

これで完全に下血は止まったようでした。

しかし、排便が1週間に1度ほどしかなく、多少のつらさはありました。

体温が低く冷え込みは激しいものでした。

回復食は慎重にとのコメントに従いながらも、回復食で下血が起き、もう一度1週間のソフト断食を行いました。

宿便はほとんど見られませんでしたが、体幹を中心にこれまでにない強い湿疹がかしばらく続きました。

体重はさらに落ち、ついに40キロを切り、筋力は落ちて体がふらつきました。

問題は回復食ですが、青汁から青泥(スムージー)への移行、おかゆからやわらかいご飯への移行はできたのですが、食材をどうしても増やすことができないのです。

どうしてもわずな下血症状があるのです。

進行の遅れた回復食 突破口となったのは塩分の再開

あるとき、思いついて、わずかな塩分の再開をしてみました。

最初、わずかな背中の痛みがありました。

しかし、それ以上のことはなく、下血は起きませんでした。

それを機に、醤油を一垂らし、味噌を小さじ1杯、などと食材を増やし、多少の腹痛やわずかな下血があることはあっても、大禍なく過ごしていくことができるようになり、加速度的に食材を増やしていくことができたのです。

甲田先生がご存命でいらしたら、飛んでいって診てもらっていたことでしょう。

現在甲田先生の療法を受け継いでいらっしゃるドクターもしくは頼れそうなドクターがいればと探してはみましたが、見当たりませんでした。

キーとなったのは船瀬俊介氏著作引用の阿保徹ドクターの見解

甲田光雄先生の著書のほかに、癌の知人のために情報を得ようとして、船瀬俊介氏のご著書も入手して何冊か読んでいました。

最初、「船瀬塾」の動画を拝見していたのですが、詳細を知るために、書籍を入手しました。

甲田先生でもしかりで、現在、書籍離れが進んでいて、私もほとんど本を買って読むことはなくなっていたのですが、動画の情報量と書籍とはまるで違います。

書籍の価値を見直しました。

このたび、潰瘍性大腸炎の克服に当たり、船瀬俊介氏の「買うな使うな2」の中に短く潰瘍性大腸炎についての阿保徹先生の見解が書かれているのを拝見していて、大きな力になりました。

下血はもしかしたら、自然治癒力による好転反応なのでは?と自らの症状で感じていたことはあったのですが、ネットで調べてもそうした情報はほぼ皆無で確証は得ていませんでした。

しかし、まさに思っていたことが、ずばり上記の書籍の中にあったので、どれほど大きな力になったことでしょう!

やはり、真実は必要な人に知らされることなく埋もれて、営利目的の産業が幅をきかせている実態があることを思い知らされました。

難病とされる症状が一気に消失

こうして、短いようでいて途方もなく長かった過程を経て、一気に潰瘍性大腸炎の下血症状は消えました。

食材を最初は1日1種類と増やしていったのですが、増やす数を増加させても平気になったので、来客があったときに、同じ食事を口にしてみました。

それまでだったら、ほんの一口でも腹痛や下血が起きたのに、まったく症状が現れないことから、さまざまなものを口にしました。

それまで動物タンパクも一切除去していたのですが、大丈夫でした。

2月下旬、5月下旬の発症以来、10ヶ月の過程でした。

甲田先生のようなドクターに診てもらえていたら、もう少し短期で同様なところにまで回復できていたことでしょう。

完治できたか?!

下痢気味ではありますが、ひとまず「治った!」っという強い実感が。

しかしその後、ストレスなどによって若干の腹痛なども発生しているので、油断はできませんが、食生活や日常生活に注意を払っていけば、治癒できた、完治したと断言できる日もほど近いことでしょう。

2月下旬――それは奇しくも最初の身内を亡くして一周忌を終えたタイミングでした。

天界の安らかな場に落ち着いて、ほほえんでいるような姿を想像することができました。

逆さ富士つらかったものの意味のある10ヶ月でした。

潰瘍性大腸炎を患い克服できた自分、それでも、そうした経験を必要としたのは、それまでの食生活や生活習慣に問題があったことも事実であったことでしょう。

痛みを伴うつらい経験を生かして、以前の食生活や生活習慣に戻ることはせず、甲田先生が推奨している朝食抜きの二食主義などを実践していこうと思っています。

私のつたない経験が、訪れてくれた方々のお役に立ち、貴重なご著書に触れる機会につながってくれたら幸いです。

 

 

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【今日の写真】甲斐駒ヶ岳の裾野に人気の武川米の郷が

人気のブランド米の郷は山紫水明の景勝地だった

山梨県のブランド米と言えば、梨北米と武川米。

梨北農業協同組合所轄の梨北米は、日本穀物検定協会の「米の食味ランキング」で特A評価を受賞していますが、武川米はその中の北杜市の武川筋(旧武川村)を産地として、さらにブランド化されています。

武川米はまた、コシヒカリに対して戦後に生まれた「農林48号」を指すことが多いようです。

戦後は山梨県以外でも栽培が行われていたという「農林48号」は、栽培が難しくて栽培をやめる地域が多く、山梨県では武川村でのみ栽培が続けられてきたそうです。

おいしいお米が育つ3つの条件を満たし

北杜市武川地区と言えば、甲斐駒ヶ岳の裾野を流れる清流の郷。

おいしいお米が育つ条件は、
① 水はけがよく必要な養分を豊富に含んだ土質
② きれいでおいしい水質
③ 昼夜の寒暖差
だそうですが、武川地区はこの3つの条件を満たした土地だということになります。

韮崎地区の梨北米の収穫風景

韮崎地区の梨北米の収穫風景

この武川米の郷を、紅葉の名残のある晩秋に訪ねることができました。

国道20号線を長野県方面に向かって走っていくと、次第に甲斐駒ヶ岳が大きく、迫力を増してきます。

20号線から武川地区らしい地域に入ると、甲斐駒ヶ岳を頂いた清流の郷が。

清流は大武川です。

その傍らには、大武川から水を引き入れたなだらかな棚田の光景が。

近隣の水車の里公園も里山に溶け込み、絵画のような風景を成していました。

幻の武川米の郷は、古き良き日本の里山風景そのものの風光明媚な絶景地でした。

※ 参考 武川米は通販でも購入できるようになってきています。

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【今日の写真】モミジが色付く晩秋の特別名勝・六義園

大泉水に浮かぶ中の島・蓬莱島もモミジが色付く。雪釣りも合わせたリフレクションがきれい

大泉水に浮かぶ中の島・蓬莱島もモミジが色付く。雪釣りも合わせたリフレクションがきれい

赤と緑の錦織りなす回遊式築山泉水庭園

東京都文京区に位置する都立庭園・特別名勝の六義園。

徳川5代将軍綱吉の側用人・柳沢吉保が7年の歳月をかけて造営した大名庭園は、明治初年に岩崎弥太郎が購入、1938年(昭和13年)に東京市に寄贈され、その後一般公開されるようになったそうです。

四季折々の景観を楽しむことのできる六義園ですが、ツツジの咲き始めの春に訪ねた折、紅葉の季節も美しいと聞き、晩秋に再訪しました。

大きなカエデの木も錦に彩られて

大きなカエデの木も錦に彩られて

12月下旬、園内に数多く植栽されているモミジは色付き半ばでしたが、緑と赤の入り交じった錦織りなす風景を楽しむことができました。

歴史を感じさせる吹上の松と紅葉の大泉水

歴史を感じさせる吹上の松と紅葉の大泉水

吹上茶屋付近からの景観

吹上茶屋付近からの景観

モミジが多く植栽されているツツジ茶屋付近

モミジが多く植栽されているツツジ茶屋付近

菊の展示も行われていました

菊の展示も行われていました

モミジの色付きは、12月初旬が見頃だった様子。またの機会に訪れてみたいと思います。

参考 六義園 地図

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【今日の写真】初冬の北杜市 清春芸術村

パリの記念建築「ラ・リューシュ」と同じものを1981年に清春に再現した。芸術家のアトリエになっている。薄雪化粧の甲斐駒ヶ岳が背景に

パリの記念建築「ラ・リューシュ」と同じものを1981年に清春に再現した。芸術家のアトリエになっている。薄雪化粧の甲斐駒ヶ岳が背景に

薄雪化粧の甲斐駒ヶ岳とラ・リューシュが絵のよう

四方を山に囲まれた甲府盆地。

その山々の中でとりわけ目を引くのが、切り立った三角形の美しい南アルプス・甲斐駒ヶ岳です。

甲斐駒ケ岳

甲府盆地から望む雪化粧の甲斐駒ヶ岳

山梨県北杜市と長野県伊那市にまたがるこの甲斐駒ヶ岳、所在地の北杜市に近づくにつれ、ますます迫力を増した雄々しい姿に。

北杜市から望む秋の甲斐駒ヶ岳

北杜市から望む秋の甲斐駒ヶ岳

空気が澄んで山際まで晴れ渡った風景が見られるようになった晩秋は、甲斐駒ヶ岳も薄雪化粧。

そんな甲斐駒ヶ岳を背景にした風景を求めて、清春芸術村を訪ねました。

清春芸術村誕生のエピソード

廃校になった清春小学校跡地に造られた清春芸術村。

清春白樺美術館。武者小路実篤や志賀直哉など白樺派の作家たちの夢を託された吉井長三が、1983年谷口吉生氏の設計により完成させた

清春白樺美術館。武者小路実篤や志賀直哉など白樺派の作家たちの夢を託された吉井長三が、1983年谷口吉生氏の設計により完成させた

大正14年、同小学校の落成を記念して児童たちによって植樹された30本の桜は、山梨県指定天然記念物に。

文芸評論家の小林秀雄がこの桜を見て、芸術村を造るように東京の画廊に薦めたことにより、清春芸術村が誕生したというエピソードがあるそうです。

清春芸術村には、ギュスターブ・エッフェルによる十六角形のラ・リューシュほか、著名な建築家による美術館などの建物が、自然の景観の中に配置されています。

安藤忠雄氏設計の光の美術館も大自然の中に。背景には南アルプスの山並みが

安藤忠雄氏設計の光の美術館も大自然の中に。背景には南アルプスの山並みが

藤森照信氏の設計による茶室「徹」

藤森照信氏の設計による茶室「徹」

ルオーを記念して建てられた礼拝堂。谷口吉生氏設計

ルオーを記念して建てられた礼拝堂。谷口吉生氏設計

梅原龍三郎のアトリエを東京新宿より移築したもの。設計は吉田五十八氏

梅原龍三郎のアトリエを東京新宿より移築したもの。設計は吉田五十八氏

急峻な地形によるものでしょう、山頂が雲に覆われる日も多い甲斐駒ヶ岳ですが、雲一つない晴天に恵まれ、レンガ造りのラ・リューシュと雪を頂いた甲斐駒ヶ岳のカットも撮影することができました(トップ画像)。

桜の季節にはぜひまた訪れてみたい場所です。

参考 清春芸術村 地図

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【今日の写真】紅葉の山中にたたずむ晩秋の北杜市海岸寺

北杜市の海岸寺本堂。守屋貞治作の百体観音がずらりと並ぶ

北杜市の海岸寺本堂。守屋貞治作の百体観音がずらりと並ぶ

彼方に雪を頂いた北岳を望む立地

5つの日本百名山がそびえ、美しい山岳風景に触れることのできる山梨県最北の北杜市。

その北杜市の誇る景観の中に須玉町の海岸寺があることを知り、山々が冬支度を始め、最後の彩りを残した晩秋に尋ねることができました。

国道141号線(清里ライン)から北上すること10分あまり、曲がりくねった山道を登っていったところに目的の海岸寺があります。

この山岳地帯で海岸寺という名称は?

経文に由来するという説、昔この辺り一帯が湖だったという説があるそうです。

山門に向かって道をたどっていくと、手前の門の脇から彼方に雪を頂いた、富士山に次いでの高さを誇る北岳含めた南アルプスを望むことができ、この海岸寺の立地が特別なものに思えました。

静かなたたずまいの中に「この寺は観光のための開放はしていません 海岸寺は人の生きていく道を静かに考えるところです」との案内が目を引きました。

名工・守屋貞治の百体観音が参拝者を静かに出迎えてくれて

海岸寺は、かの行基が庵を建立したのが創建の始まりだそう。

行基は、広く仏法の教えを説き、民衆からも圧倒的な支持を得、やがて東大寺の四聖の一人と数えられるようになったという聖人。

その後、海岸寺は聖武天皇から「光明殿」の勅額を賜っています。

源氏・武田氏を経て、徳川家康によって再興されたという歴史があるということです。

海岸寺・山門

海岸寺・山門

鐘楼

鐘楼

本堂

本堂

そんな歴史ある海岸寺の魅力は、何と言っても、境内に安置された名工・守屋貞治の百体観音の石仏群。

海岸寺の境内には、長野県高遠出身で、江戸時代最期の名工・守屋貞治が8年の歳月を費やして彫ったという、西国三十三ヶ所・坂東三十三ヶ所・秩父三十四ヶ所の各札所の観音像や延命地蔵尊などを移した百番観世音石仏が安置されています。

百番観世音は貞治の生涯の全作品のうちの約3分の1に当たるそう。

歴史を感じさせる海岸寺の仁王門をくぐると、風雪に耐え人々を見守ってきた、端正な容姿の百番観世音が姿を現します。

百番観世音は須玉町の重要文化財に指定されています。

繊細な木彫が施された観音堂も見所

四季の変化を映した自然そのものの境内と周辺の風景もまた海岸寺の魅力の一つ。

自然の中に身を置き、石仏や木仏の悟りの姿に触れることで、リセットすることができる人もいることでしょう。

「瞑想参禅舞台」も用意されています。

古いお地蔵さんが並んだ石段を登った先には、国指定重要文化財の木造千手観音立像を祀った観音堂が。

入母屋造・向拝付茅葺きの建物の周囲には、繊細な木彫が施されて均整が取れ、町の重要文化財に指定されています。

折に触れ、違った季節にも訪れてみたいスポットです。

参考 海岸寺 地図

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【今日の写真】もみじまつりの日野市高幡不動尊

雲ひとつない青空と紅葉の裏山を背景にした金剛寺高幡不動尊不動堂と五重塔

雲ひとつない青空と紅葉の裏山を背景にした金剛寺高幡不動尊不動堂と五重塔

境内を彩る1300本以上のイロハモミジやオオモミジ

年間を通じてさまざまな行事が行われている東京都日野市の金剛寺高幡不動尊ですが、11月は恒例の菊まつり、続いてもみじまつりが行われます。

酷暑や台風に見舞われた2018年、紅葉の進行具合はゆっくりとのことでしたが、11月下旬の高幡不動尊の紅葉はなかなか見応えのあるものでした。

五重塔と紅葉

五重塔と紅葉

大師堂周辺のモミジもひときわ鮮やか

大師堂周辺のモミジもひときわ鮮やか

五重塔などの建築物と1300本以上というイロハモミジやオオモミジの織り成す風景、また八十八ケ所巡りのできる裏山の風情も格別。

快晴に恵まれたこの日、裏山の展望台近くからは富士山も望むことができました。

萬燈会は「たかはたもみじ灯路」とともに開催

もみじまつりの期間中の22日〜23日、五重塔では萬燈会を開催。

萬燈会とは、御仏に七難即滅・七福即生と先祖の冥福を祈る行事だそうです。

五重塔に付けられた提灯とモミジなどのライトアップで、昼間とは違った雰囲気に。

両日、境内への参道では、キャンドルの灯をともしたもみじ灯路が行われ、大勢の人でにぎわっていました。

参考 金剛寺高幡不動尊 地図

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【今日の写真】紅葉まつりの町田市薬師池公園

薬師池とタイコ橋、七国山が織り成すシンメトリーの景観

薬師池とタイコ橋、七国山が織り成すシンメトリーの景観

冬を迎える前の燃立つような輝きのさまざまな風景

「新東京八景」「東京都指定名勝」の選定を受けている東京都町田市の薬師池公園。

紅葉がゆっくりという2018年、11月下旬に訪ねてみたところ、ちょうど紅葉まつりが行われているタイミングで、紅葉見頃のさまざまな風景を楽しむことができました。

紅葉の木が多く、真っ赤に色付いた木々が薬師池の周辺や水面を彩ったり、背景の山をパッチワークのように染めたり……。

寒気に包まれる前の燃立つような風景をいろいろに切り取ることができました。

旧荻野家住宅とモミジ

旧荻野家住宅とモミジ

薬師池のカモと紅葉のモミジ

薬師池のカモと紅葉のモミジ

旧永井家

旧永井家

参考 町田市薬師池公園 地図

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【今日の写真】晩秋の南八ヶ岳花の森公園

甲斐駒ヶ岳ほか南アルプスの峰々とカラマツの紅葉のコラボが絶妙

甲斐駒ヶ岳ほか南アルプスの峰々とカラマツの紅葉のコラボが絶妙

開放的な丘の上から南アルプスや八ヶ岳を一望

南八ヶ岳花の森公園は、北杜市高根町、国道141号線(清里ライン)沿いに位置する公園。

清里ライン沿いに、山頂に向かって走るリフトラインが見えるので気になっていたのですが、2018年の晩秋、初めて訪れることができました。

道の駅南清里のまごい駅と山頂のひごい駅をリフトが結ぶ。花の森公園とあって花壇には四季折々の花々が

道の駅南清里のまごい駅と山頂のひごい駅をリフトが結ぶ。花の森公園とあって花壇には四季折々の花々が

このリフトは、高低差100m・全長180m、ふもとの「道の駅南清里」の「まごい駅」と山頂の「ひごい駅」を「こいのぼり号」が約3分半で結んでいるもの。

チケットを購入して駅のブザーを押すと、こいのぼり号がゆっくりと迎えに降りてきてくれます。

リフトが登っていくと、ふもとの「道の駅南清里」が次第に小さくなり、同時に、雪化粧をした南アルプスの峰々や八ヶ岳山脈の展望が紅葉の山々とともに開けてきます。

中央下は道の駅南清里

中央下は道の駅南清里

ひごい駅の脇には展望台があり、パノラマビューをじっくり堪能。

八ヶ岳とカラマツの紅葉・松の緑もきれい

八ヶ岳とカラマツの紅葉・松の緑もきれい

「希望の鐘」を鳴らすこともできます。

希望の鐘。背景には八ヶ岳が

希望の鐘。背景には八ヶ岳が

丘の上の広々としたスペースは食を中心とした体験コースが盛りだくさん。

収穫体験青空農園

収穫体験青空農園

果物の収穫体験も

果物の収穫体験も

事前予約の上で収穫体験や石窯のピザ作り・こんにゃく作り・押し花・草木染めなどの体験が可能です。

「花の森公園」とあって、四季折々の花が迎えてくれます。

ハローウィンのディスプレーの後ろの花壇にはサルビアや小菊が

ハローウィンのディスプレーの後ろの花壇にはサルビアや小菊が

12月から3月は休園。

こいのぼりの泳ぐ春また訪れてみたいスポットです。

参考 南八ヶ岳花の森公園 地図

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【今日の写真】身近な公園で見つけた紅葉の風景

色づき始めのもみじ。緑と赤が入り混じっていてきれい

色づき始めのもみじ。緑と赤が入り混じっていてきれい

思いがけない美しいシーンが出かけた先に

空気がひんやりとして冬が近づいてくると、自然界も冬支度を開始。

落葉樹は赤や黄色・褐色に染まり、越冬の準備が整うとその葉を落とします。

ケヤキの黄葉とモミジの紅葉

ケヤキの黄葉とモミジの紅葉

木の種類によって、染まる色の違いがあり、そのメカニズムは解明されていますが、紅葉や黄葉また褐葉が、色覚を持った人間の目や心を楽しませてくれるのはなぜか?

それを知っているのは、自然界を形造った創造主のみでしょうか。

木々が色付いてくると、そのさまざまな風景にカメラを向けずにおれません。

コナラの黄葉

コナラの黄葉

今年も身近な公園でも、思いがけないような美しい紅葉シーンに出会うことができました。

色付いた落ち葉の降り積もった地面にカメラを下げると、別世界が

色付いた落ち葉の降り積もった地面にカメラを下げると、別世界が

宝石を散りばめたような落ち葉のじゅうたん

宝石を散りばめたような落ち葉のじゅうたん

モミジにもいろいろな表情があります

モミジにもいろいろな表情があります

まったりとくつろぐ桜耳の猫ちゃん。足元には色付いたケヤキの落ち葉が

まったりとくつろぐ桜耳の猫ちゃん。足元には色付いたケヤキの落ち葉が

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【今日の写真】紅葉たけなわの富士河口湖町 西湖 野鳥の森公園

「富士山がある風景100選」の景勝地の秋の景観

青木ヶ原樹海を望み、富士五湖の中で最も自然が残されている西湖。

その西岸から少し入ったところにあるのが、富士河口湖町 西湖 野鳥の森公園です。

11月中旬、西湖いやしの里根場に行った帰りに初めて立ち寄ったのですが、公園内のもみじの紅葉がまさにたけなわの時期に巡り会うことができました。

赤く染まったもみじの落ち葉の錦が絶景に彩りを添えて

赤く染まったもみじの落ち葉の錦が絶景に彩りを添えて

そのもみじの紅葉と冠雪の富士山、園内の東屋がまたとない共演のシーンを作り出してくれていたのです。

まさに一期一会の出会いでした。

西湖野鳥の森公園は、環境省が2017年に公開した代表的な富士山の展望地・「富士山がある風景100選」にも選ばれています。

青木ヶ原樹海に囲まれたこの公園には、60種類の野鳥が生息し、210種類の野鳥が飛来するそう。

バードウォッチング室や木工細工室・展示室などがあり、自然に浸りながらゆったりと過ごすには持ってこい。

白樺ともみじに囲まれた樹海ギャラリー

白樺ともみじに囲まれた樹海ギャラリー

1月下旬から2月中旬の樹氷まつりの会場としても有名です。

参考

富士河口湖 西湖野鳥の森公園

西湖野鳥の森公園 地図

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